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手塚の一行レビュー

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5/27- 6/ 4「紙芝居の絵の町で」(唐組)@雑司ヶ谷・鬼子母神

★★★★ 05/28 小学三年生の眼を失わない唐さんの瑞々しい感性に脱帽。 (手塚)
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by masarutetsuka | 2006-05-28 22:51 | 演劇

5/26- 6/ 4「民衆の敵」(燐光群)@俳優座劇場

★★   05/27 現代の劇としてというだけでなく、日本のイプセン初演が新派の作家によるこのプロパガンダ劇上演だった事実をふまえた演出。 (手塚)

リーフに作品紹介の文章も書かれてるノルウェー王国大使館の岡本さんの文章「明治期におけるイプセン受容」

この直訴が行われた翌年の明治三十五年(1902)、新派の担い手であった花房柳外(1872-1906)は,イプセンの『社会の敵』を翻案し、明治政府への欝憤を叩きつけた。但し、柳外の目的はあくまで社会悪への抗議のための翻案であり、イプセン劇紹介のためではなかった。つまり、日本での最初のイプセン戯曲の上演は、日本初のプロパガンダ劇でもあった。


留学期の魯迅におけるイプセンの受容(陳 玲玲) 注記(29)より引用

1902 年4 月、新派の座付作者花房柳外が「洋式演劇社」を結成し、『社会の敵』を上演した。前掲、清水賢一郎「国家と詩人――魯迅と明治のイプセン」。「足尾銅山鉱毒事件(明治33 年12 月)は大日本帝国の大汚点なり。之を拭はずして十三師団の陸兵と二十六万噸の軍艦を有する帝国の光栄は那辺にある、之を是れ一地方問題と做す勿れ、是れ実に国家問題なり、(中略)内山鑑三は、日清戦勝により俄に<国民国家>として現前してきた近代日本の資本主義化と富国強兵、ないしは帝国主義化と満州進出の問題と拮抗しうる<国家問題>として事件捉える。」


(5-28追記)「明治期の翻案劇にみる受容層への適応」(若林 雅哉)注記(3)より引用
例えば小山内シンパの森田草人は、(中略)「...イプセン劇を始めて日本へ輸入した小山内薫、市川左団次両君の手柄である」(「俳優無用論」)と記した。ここでは、新派によるイプセン翻案(明治三十五年(1902)年、伊井蓉峰翻案「人民の敵」上演)が全く無視されている。これは、翻訳劇によってこそ西洋戯曲がそのまま導入されるとする議論の典型であり、また俳優から戯曲へという当時の気分が、論のタイトルにも反映されている。

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by masarutetsuka | 2006-05-27 23:57 | 演劇

4/19- 5/14「西埠頭/森の直前の夜」(黒テント)@theatre iwato

★★   05/13 「森の…」斎藤晴彦の一人芝居。2001年トラムのリーディングでは膨大な台詞とすごい早口に圧倒されたが今回の瓶に語りかける演出は?点在する鏡に映るのは中身が空の瓶の列のみ。 (手塚)
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by masarutetsuka | 2006-05-13 22:17 | 演劇