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手塚の一行レビュー

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テクノラティプロフィール

テクノラティプロフィールというものに追加してみました。
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by masarutetsuka | 2006-08-28 17:20 | ブログ

8/18- 8/21「1988年6月30日、あるいはバイエル」(ころがす)@王子小劇場

★    08/20 「女中たち」と通して観て、「自分」という役は例え自分一人でも「他人」の存在あってのものと感じられた。 (手塚)
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by masarutetsuka | 2006-08-20 23:41 | 演劇

8/18- 8/21「女中たち」(ころがす)@王子小劇場

★    08/20 未映子さんの関西弁が耳に心地よかったけど、ジュネの戯曲が分解されてさらに難解でした。 (手塚)

正しい題名は「手をはなしたとき目をつむっていたのかそれとも最初から目はつぶれていたのか~ジャン・ジュネ作「女中たち」より~」です。
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by masarutetsuka | 2006-08-20 23:40 | 演劇

7/20- 8/20「雨と夢のあとに」(キャラメルボックス)@サンシャイン劇場

★★   08/19 ロビーで著者サイン本購入。原作ものだけどキャラメルらしい幽霊話。麻由子ちゃんまだ硬いが久松・楠見夫婦が笑かしてくれた。 (手塚)
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by masarutetsuka | 2006-08-19 22:59 | 演劇

8/ 5- 8/20「血の婚礼」(tpt )@ベニサン・ピット

★    08/16 「川面に浮かぶ丸い白鳥」なんて言われてもそれが月のことだなんて...。詩的想像力の問題? (手塚)

寺山修司が「黙示録のスペイン」という短いエッセー(講談社文芸文庫「私という謎」所収)で、この戯曲の死んだ花婿と取りのこされた花嫁に関して、
もしかしたら、二人は外見的には、ごくふつうに外見的には、一緒に暮らしているように見えるかも知れないのだ。
と書いていました。

(追記) 「ロルカ、その生涯」古屋雄一郎
ロルカの悲劇三部作
詩作のありかた
「想像力というものは貧しいのであって、詩的想像力はなおさらです」
「目に見える現実、そして世界と肉体がもたらす事実の方が、はるかにニュアンスに富み、詩的なのです」


(8/16追記) 詩的な台詞が、自分には意味がとりにくかったので、パンフに引用されていた第三幕第一場の<月>の登場場面の台詞をちょっと長いですが、まるまる引用します。今回の台本は広田敦郎とクレジットされています。
川面に浮かぶ丸い白鳥/大聖堂にかがやく瞳/木の葉からのぞく いつわりの夜明け/ありとあらゆる姿のわたし。/もはやだれも逃げられない。
だれだ隠れているのは? だれだ/谷のしげみに涙するのは?/月のナイフが空をさまよう/待ち伏せの鉛 ひそかにねらうは/痛み苦しみ したたる血。/わたしをなかへ入れてくれ!/壁や窓にすがりつき/こごえるわたしをなかへ入れて。/扉を開けて心を開いて/わたしをなかへ! ぬくもりを!/ああこの寒さ!/わたしはまどろむはがねの燃えかす/屋根のうえ 山のうえ/炎を求め さまよい歩く。/なのに雪がわたしをのせ/枝から枝へと運び去る。/わたしは水に飲みこまれ/あちらこちらの水たまり/かたく つめたく こおりつく。
今宵 したたり落ちる血が/わたしのほほをあたためる。/かげも 人知れぬ闇も消え/恋人たちに安らぎはない。/だれかの胸に身を寄せたい/だれか わたしにぬくもりを。/だれか わたしに心臓を!/ぬくもりを!あふれるぬくもりを/わたしの胸のふたつの山に!/わたしをなかへ。 わたしをなかへ。
かげなどいらない。/いまこそわたしのかがやきで/どんなすき間も照らし出そう。/暗い木々のあいだには/きらめきたちのうわさ話を。/今宵 したたり落ちる血が/わたしのほほをあたためる。
だれだ隠れているのは? 出てこい。/もはやだれも逃げられない。/あの馬を照らし出そう/灼熱のダイヤモンドで。

そして、比較のために岩波文庫『三大悲劇集 血の婚礼 他二篇』(牛島信明訳)より、同箇所を以下に引用します。(pp.95-98) 注意点としては、tpt の台本で月の役は女性(元宝塚の中村音子さん)が月の精のような衣装で演じたのですが、下記の戯曲では「<月>は白い顔をした若い木こりの形姿をとっている」とト書きにあります。
わたしは川面に映る丸い白鳥/大聖堂のステンドグラスの目/木の葉にふりそそぐ偽の曙光/誰も逃げられはしない!
誰だ 隠れているのは? 誰だ/谷間の茂みですすり泣くのは?/月のわたしが 空中に/ナイフを一本ただよわせれば/すきをうかがう 鉛となって/血の出る苦痛をさがし求める。/わたしを中に人れてくれ!/凍えたわたしを壁と窓の中に!/屋根をひらき 胸をひらいて/わたしのからだを暖めてくれ!/おお 寒い! 夢みる金属の/燃えかすのごときわたしは/夜な夜な 山野や通りに/炎のとさかを求めてまわる。/ところが雪が 大理石の背に/わたしを乗せて運び去り/冷たい水をたたえた貯水池が/わたしを固く 浸してぬらす。
だが今宵こそ わたしの頬は/赤き血潮を あびるだろう/大地を渡る風の足もとで/群がり生える 葦たちも。/物影も隠処もとりはらえ/二人が逃げられないように!/ああ 胸のなかに入りたい/冷えたこの身を暖めるため!/どうか わたしに心臓を!/暖かい心臓! わたしの胸の/山のあたりに血をほとばしらせる。/おお わたしを中に入れてくれ/入れてくれ わたしを中へ!
 (木の枝にむかって)
影をつくるな、わたしの光は/隈なく行きわたらねばならぬ/ほの暗き木々のあいだにも/明るみがささめかねばならぬ/今宵こそ わたしの頬が/大地を渡る風の足もとで/群がり生える 葦たちと共に/甘き血潮を あびられるように。
誰だ 隠れてるのは?/さあ 出ておいで!/だめ、絶対に逃げられないぞ!/わたしが ダイヤモンドの光輝で/二人の馬を照らしてしまうから。

明らかに後者の方が、これが<月>の台詞で、月とその光がナイフの暗喩であり、それ自身が意志をもつようであることがわかりやすいと思います。
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by masarutetsuka | 2006-08-16 00:15 | 演劇

8/ 1- 8/10「蝶のやうな私の郷愁」(燐光群+グッドフェローズ)@SPACE雑遊

★★★  08/07 改訂が占部さんへの当て書きに思える程。奥村さんのリアルな舞台美術も見事。 (手塚)

(2006.8.8追記) この劇の題名は、三好達治の「郷愁」という詩の冒頭の句で、その詩の中には「――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある」という有名なくだりがあるんだそうです。

(2006.10.10追記) 雑誌「せりふの時代」2006秋号に戯曲が掲載されてて、そこでの松田さんの「上演記録」の文によると、「「姉の死」など、いくつかのエピソードを加え、結末も変更した」のは、1999年の京都アトリエ劇研での再演時だそうです。男が初演時と同じMONOの土田さん、女は三角フラスコの花田明子さんが演じたそうで、そういえば、花田さんは、その頃、あまがさき近松創造劇場「蜻蛉(かげろう)」「風花」と続けて松田作品に出られてた方ですが、今はどうされてるのかな。

(2006.10.11追記) 花田明子さんは演劇界を離れられてしまったようです。残念。
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by masarutetsuka | 2006-08-07 22:21 | 演劇

7/24- 7/30「トリスタンとイゾルデ」(ク・ナウカ)@東京国立博物館庭園

★★★  08/01 昼間「タイヨウのうた」を観たせいで、昼に対する態度の対照が面白かった。難病と社会秩序のどちらがリアル? (手塚)

バズ・ラーマン監督の「Romeo + Juliet 」の最後の場面で流れていたのは、ワーグナーのオペラ「トリスタンとイゾルデ」の中のイゾルデの「愛の死」という歌なんだそうです。

「トリスタンとイゾルデ」"Tristan + Isolde" はリドリー・スコット製作総指揮の映画が今年上映されるとか。
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by masarutetsuka | 2006-08-01 00:28 | 演劇